• 長谷川万大

「歌の力」

去年のちょうど今くらいから、福岡で歌わせていただく機会が多くなった。特に住んでいる筑紫野市、太宰府市近辺は一気に増えて、休日がなくなるほどたくさんの場所に行かせていただくようになった。

福岡に来て三年。大学がある太宰府にはもちろん毎日通っているのだが、未だに行ったことのない場所もある。むしろ行ったことのない場所ばかりだ。去年だけでもいくつかの地域を巡ったが、まだまだ。太宰府は広い。

そんな太宰府での活動で圧倒的に多いのが、公民館巡業である。

各地区のご年配の皆様が公民館に一同に集結して、みんなでお弁当を食べたり紅白饅頭を食べたりする。食事の後は、コンサート鑑賞や抽選会などの出し物を楽しむというのがお決まりの流れだ。

驚いたのは、その出し物がたった一つ、このボクのコンサートオンリーという粋な計らいをしてくださる地区が多いこと。無名で地元の人間でもないのに、これは本当に有り難いことである。オファーしてくださった自治会のスタッフの方々はどこの地区でも揃って、「お噂はかねがね」と言ってくださるが、結構な緊張感を与えられる。

ギターと譜面台とパンパンのリュックを抱えて公民館に到着すると、大抵の場合、よければ皆さんと一緒にお食事を、と言っていただき輪の中に入れてもらう。

平均年齢七十五歳以上の輪の中に、突然二十一歳の謎の若造が乱入するのである。中には混乱される方もある。当然だと思う。

あるところでのこと。ボクの斜め前に座っていらしたオシャレな背広を召されたおじいさん。なんでも大学教授をされていた方だそうで、ボクが席に着いた時からやたら見られてるなと思って、今日歌を歌いますのでよろしくお願いします、と話し掛けてみた。一瞬動きが止まったかと思いきや、

「そこは君の席か?」

「はい。こちらで一緒にお食事を、と言っていただいたので」

どうして部外者がここに、と言わんばかりの、まったく納得のいっていない顔をされたが、周りのおばあちゃんたちはボクに興味を持ってくれて昭和歌謡の話なんかしていたら、そのおじいさんは最近の歌は分からんと憤り始めた。さっきから昭和歌謡だって言ってんのにめちゃくちゃだなこの人と思いながらも我慢して座っていた。

すると、おじいさんがおもむろに立ち上がって、お茶汲みでバタバタしているお世話係の方たちのもとへ行って、こっちを指差して何か話している。

ああ、何か言われてる。しかもわざわざあっちまで言いに行ってる。そんなに気に食わないのか。

もちろんボクは勝手に輪の中に入って、勝手にご飯を頂こうとしているわけじゃない。それを伝えられたおじいさんは渋々席に戻って来たが、ますます不満そうな顔になっている。

耐えきれず通りがかったお世話係の方に、控え室で頂きますからと何度も言うのだが、絶対に部屋に帰してくれない。

そんな複雑な気持ちのまま本番となり、だが、いつも通り心を込めて。ただ、トークは普段以上に気合いを入れた。

トーク中にふとあのおじいさんのほうを見ると、さっきまで顔を赤らめてあんなに憤っていたのに、ボクの話に大笑いして楽しそうだった。肩を小刻みに揺らしながら爆笑していたあの姿を、はっきり憶えている。

あの日、歌の力、言葉の力というものをこの目で見た気がする。

分かり合えなかった者同士も、一緒に歌を歌って、くだらない話に笑い合えば心に積もった重たい雪はやさしく溶けていく。

この時のことを思い出すたびに、励まされているような気分になる。

おじいさんは元気だろうか。

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