「桜を待たずに」
更新日:2018年12月31日
3rdアルバム「綺譚」収録
フィクションにこだわって曲を作ってきたが、稀に実体験を基に詞を書くことがある。
その代表的な作品が『桜を待たずに』である。
昨日まで普通に暮らしていた人が、今日はもうこの世にいない。
身近な人の死には何度か関わったが、こんなにも唐突な別れは初めてだった。
大学生のうちに見送った祖母も祖父も、突然いなくなったわけではなかった。病気で入院して、この間まで元気だったのに、信じられないほど小さく弱っていく姿を間近で見ていたから、少なからず、考えたくはなかったが心の準備はしていた。
心の準備があったとはいえ、この世からいなくなってしまったという喪失感や後悔や胸の傷みは変わりなく体のどこかに存在し続けるし、その紛れもない事実に打ちひしがれる。
だが、明らかに違うのは、明日の命を案じて過ごしていた人と、明日も今日と同じ朝が来るんだと思って過ごしていた人の心の揺れ方である。
殴るぞ、と言って殴られるのと、何の前触れもなくいきなり殴られるのでは、同じ痛みでも感じ方は違う。
この二つの事実の間にあるやるせなさは、歌という枠組みに当てはめられるような安易なものではない。
だからこそ、ものづくりをする人間として、なんとか言葉や音で残していかなくてはならないと思った。こうした形なきものを形にする作業が使命だと思っている。
さっそく詞を書き始めたものの、すぐに行き詰まり、書いては消し書いては消しを繰り返しながら二年ほどが経過したある秋の日。宮崎で活動している先輩デュオ「マーシーサウザンド」のお二人とお茶をしていた。何かの拍子にボクが、折角なのでボクに歌書かせてくださいよ、と言った。
お二人は快くオーケーしてくれた。
ボーカル、ギターの千田勉さんはハイトーンの透き通った歌声で、ギターのテクニックもかなりのもの。ボーカルの一恵さんはまろやかな優しい歌声が魅力的。
二つの綺麗な歌声と繊細なギターには、心に寄り添うような歌がぴったりだと思った。
この瞬間、行き詰まっていた『桜を待たずに』のイメージが固まった。
福岡の自室に戻ってすぐに制作に取り掛かり、クリスマスに歌詞とデモテープをお渡しした。
三年前、ラジオで千田さんがこの歌を初めて演奏してくださって以降、いまだにリクエストが多いと聞いた。作者としても、この歌の中の住人としても、この上なく嬉しい話だ。
歌が完成して四年、ライブでも一度も歌ったことはなかったが、今回のアルバムでようやくセルフカバーに至った。
時を超えて、マーシーサウザンドのお二人をはじめ、この歌にご自身の境遇を重ねてくださったたくさんの方々の思いを乗せたありがたい歌となり、それを抱きしめるようにボク自らの声で歌を吹き込んだ。
思い出にしたくないなら、ずっと思い続ければいい。
自分の心に嘘をついたっていい。
まだこの地球のどこかに暮らしていて、遠く離れてしまっただけだと思い込んでいればいい。
その人の匂いがまだそばにあるなら、その人はまだそこにいる。
「桜を待たずに」
作詞・作曲・編曲 長谷川万大
風にひとひら桜が 消えた雪のなごり
しずかに春を告げる 心はあの日のまま
あなたの香りがのこる 部屋も春の色に
荷物さえまとめないで 旅には出れないのに
ずっとこの場所で待っているよ
時に見失いそうだけど
いつも一人ではなかったね
だれかのために笑ってたよネ
あなたの笑顔に逢いたいよ あの日のままでいたかった
あなたは桜を待たないで 空へ嫁ぐには まだはやい
あなたがいる それだけに支えられていた
まだ消えないてのひらの 在りし日のぬくもり
きっと明日も変わらない 朝がはじまって
街角動き出しても 置き去りにされた夢
だから素直にはなれなくて
強がっては泣きつかれていた
桜よ伝えてこの想いを
いつか言うはずの“おかえり”を
あなたの笑顔に逢いたいよ 思い出なんかにならないで
あなたは桜を待たないで 空へ嫁ぐには まだはやい
あなたの笑顔に逢いたいよ 思い出なんかにしたくない
あなたは桜を待たないで 空へ嫁いでも そのままで