「未完の思ひ出」
寒くなると思い出すことがある。
映画を志していた小学六年生の時、スペシャルドラマ「裸の大将~南国・宮崎編~」の撮影にエキストラで参加するチャンスがあった。
ロケ地は、油津赤レンガ館の前。数年後にこの場所と深いご縁ができるとは夢にも思っていなかっただろう。
人にしろ場所にしろ、「縁」というものは計り知れない。奇しくも初のワンマンライブとなった赤レンガ館でのタイトルにも「縁―えにしー」と付いた。うーん、ますます計り知れない。運命的だ。
さて、歌を始める前の長谷川少年、なかなか良い役をいただいた。エキストラなので役というほどのものではないが、数人いた小学生の中で、ボクだけ単独のセリフ付きだった。
簡単に説明すると、自転車に乗った大塚寧々さんが路地で遊んでいる子どもたちの横を通り、「こんにちはー!」とお互いに挨拶を交わすというシーン。
ボクはいちばん先頭でケンケンパをする子どもAだ。セリフは勿論「ケンケンパ」とひたすら言うだけ。
目の前には馬鹿デカいカメラ、その後ろには大勢の見物人。そして横には大塚寧々さん。どれだけ緊張したことか。
ああ、これが”キャメラ”か・・・
小学時代、クラスの中ではすでに「役者・長谷川万大」としての確固たる地位を築いておりましたからね、緊張知らずだったわけですヨ。しかし、そんなレベルではなかった。
あんなにぎこちなく楽しくなさそうにケンケンパをする子どもがどこにいるか! と言いたくなるほどだったが、意外にそのシーンには時間がかからなかったような気がする。その代わり待ち時間がとてもとても長かった。
作品の舞台は昭和初期から中期のため、ボクらの衣装は短パン。その日は1月末で、南国のかけらもない寒い日だった。子どもが待ち時間にヘタに現場をウロウロすれば怒られてしまうので、「梅宮辰夫さまより差し入れです」と張り紙がされたお菓子コーナーに入り浸るしかなかったのである。
しかし、事件は本番直前に起きた。
カメラテストの合間で、大塚さんと話す機会があった。ボクは大塚さんが出演していたキムタク主演のドラマ「HERO」が大好きで、映画版を見て間もない頃だったから尚更興奮していた。
ところが何を思ったのか、話し掛けた言葉は、
『大塚さんって、プロなんですか?』
なんてことを言ってくれたんだこのクソガキめ。そして大塚さんから返ってきたのは、
『そりゃそうだ。』
と一言。そりゃそうだ。プロ以外のなんでもない。しかし、こんなことを質問したのも当時のボクには仕方のないことだった。この頃のボクには、「プロ」とはどのポジションの人のことを言うのかがさっぱり分かっていなかった。そしてそれをどうしても知りたかった。この人だったら納得する答えを教えてくれるだろうと思ったのだろう。だから、こんな大それたことを訊いてしまったのだ。
けれども、大塚さんは優しかった。
あんなに失礼なことを言っておきながらボクはどうしてもサインが欲しくて、事件後の休憩中に「HERO」のパンフレットを持って大塚さんのもとへ行った。マネージャーさんに無理だと突っぱねられたが、それを車の中で見ていた大塚さんがわざわざ降りてきてくださり、「仕事中だから内緒で」と、こっそりサインしてくれた。
とんでもなく失礼なクソガキにもこんなにステキな心づかい。一生忘れられない出来事だ。
いつかまた大塚さんとご一緒する機会があったら、ボクはこんなに失礼なこと言っちゃったんですよ、とあの時のことを話して、笑ってもらいたい。それでもってこの話は思い出として完結すると思っている。