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「やさしい明日」

更新日:2018年12月31日

3rdアルバム「綺譚」収録


祖母が亡くなったのは二年前。祖母がひとり暮らした家には今、ボクの家族が住んでいる。

祖母は筆まめな人で、習字の先生でもあった。

亡くなった後、遺品を整理していると、数十年も前から欠かさずつけていた家計簿、ラジオで聴いた歌の歌詞を書き写したメモ紙なんかがたくさん出てきた。

家計簿には、うちの母が子どもの頃のお小遣いの金額も載っていて、ページをめくるごとに時代が流れていくのを感じた。使われている紙の質もその時々で違う。

直筆の文字には、書いた人の体温がいつまでも残っているもの。

そしてそれは、その人の生きてきた証でもある。

そう思った時、「やさしい明日」のワンフレーズが頭を過った。

〽手元にはのこされた母の文字うすくなって それが生きてきたひとつの証

この歌を書いたのは大学一年生の秋。まだ祖母も元気だった。

久しぶりに故郷に帰った主人公は、子どもの頃によく遊んだ場所や実家を訪ねるが、それらはどれも時の流れに洗われて変わり果てていた。

子どもの頃あんなに大きく見えていたすべり台が、今見てみるとこんなにも小さかったのかと驚く。大人になった証拠だろうか。

主人公が故郷で家族や仲間と過ごした時代を回顧していることから、過去や思い出を振り返る歌と思われがちだがそうではない。

まぎれもなく「今」がテーマである。

過ぎ行く季節は振り向くこともなく、また追い越すこともない。

この街に帰るまでは、いつも当事者であるということに気付かなかった。

自分だけはあの頃のままでいるつもりだった。

刻々と姿を変える街や当たり前にあったものが無くなっている現実を目の当たりにし、育ててくれた家族を見送っていく中で、自分も同じ時の長さで歳を重ねてきたのだとようやく気が付く。

それはそうと、どうして「やさしい明日」というタイトルなのか。

三年前に作った歌だから曖昧な記憶だが、入りたての寮の部屋で、おそらく夜だったと思うが、部屋の電気を消してスタンドの灯りだけで詞を書いていた時、ふと浮かんだ言葉がそれだった。

その時書いていたのはこの歌ではなく別の歌で、一息つこうと窓の外を見た時になんとなく出て来た言葉だった気がする。

言葉の響きが気に入ったのですぐには使わず暫くあたためて、このタイトルに合う詞を書いた。それがこの歌である。

時が流れて、頬に受ける風の冷たさも変わる。だが、変わらないものはちゃんと心の中にある。

それに気付いた人にはやさしい明日が待っていますよ。

そんなことを歌っている。

このご時世、誰もが「きびしい明日」に憂いながら生きているように思う。

せめてこの歌がやさしくあれば。


「やさしい明日」

作詞・作曲・編曲 長谷川万大


気が付けばこの街は こんなにもせまかったのね

風が頬をなぞる ささやかな日々

夕暮れまで駈けまわった 坂道も今はなくて

あれは思い出の中 泡沫のとき

もう一度会いたい人 もう二度と会えない人

ときめき とまどいを抱いて やさしい明日へ

呆れるほど夢見てた 熱い日々そっと遠く

今頃何してるかな アルバムをひらく


住みなれたあの家は 母ひとり住んでたけれど

いつか風も抜ける 緑に変わり

手元にはのこされた 母の文字うすくなって

それが生きてきた ひとつの証

ふと空を見上げるたび 雲は形を変えてる

昔は不思議だったけど もうわかる気がする

過ぎてゆく季節たちは ふり向かず追い越しもせず

そしてむかえるのは やさしい明日

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